2.9秒のキス

人呼んでサイボーグ石塚。
ツラが気に食わないと呼び出してきた上級生不良連合を、
目だけで制したと言われる噂の彼は、非常に悩んでいた。





あの春。

たまたま階段から落ちてしばらくの記憶が全くない。
数少なかったはずの友人の話を聞いて、さんざん迷って。
思い切って、自分が追いかけてたという一つ年上の女の先輩に話し掛けた。

対面したとき、

「ちいさい」

そう思った。大きな目。細い体格。
例えるとそう、小さい茶トラの仔猫みたいな。

彼女の話を聞いて、総合すると、
自分はこの三木先輩にまとわりついて、ずいぶんと迷惑をかけたらしい。

おまけに、キ、き、












・・・・・・これ以上は自主規制させてほしい。










それはともかく、どこか悲しそうに話す彼女の表情が、目に焼きついている。




『そんでね。あいつ・・・・・・行っちゃった・・・・・・』





そうつぶやいたときの泣きそうな笑顔。
まさしくそうさせたのは実らなかった恋というもの。
それがどんなものなのか、自分にはさっぱりわからない。




が。







こっちまで、切なくなった。







それ以来、なぜかは分からないが、まともに顔をあわせられない。






彼女の話は普通じゃとても信じられたものではなかったが、
その彼女の表情。そして記憶がなくなったあとに急激に増えた友達らしきやつらが、
それが嘘というわけではない事を、否応なく俺に教える。


相田葉月、とかいうヤツ。事情はともかく、お前いったい、俺の身体で何をした?






***

「ねーほづみー、アイスたべてかない?」
「名案ね!」

季節はもう夏が過ぎて。2学期が始まったが、まだ暑い。
「あーあついわー!」
「そーね」
「なによそのやる気のなさ!」
「うるさいわねぇー年中テンション高い理香と一緒にしないでよー!」

学校帰りに寄った喫茶店はクーラーがほどよく効いていて、
うるさかった理香の叫び声はしだいに小さくなった。

「あ。サイボーグ石塚」
「え。石塚君?」

窓の方を見ると、それは確かに石塚敬一だった。
仏頂面をして、ボストンバッグを肩にかけて歩いている。
ほづみと理香が視線を送っていると、敏感体質なのか、
怪訝そうな顔をして敬一は振り向いた。

少し驚いた顔をして、視線を慌てて戻し、さっきより早足で通り過ぎていった。

「・・・・・・なんかあんまりサイボーグじゃないわね。なかなか人間じゃないの」

つまらなそうに理香は言い、目の前にあるアイスティーをずずっとすすった。
ほづみは眉を寄せる。

「そりゃそうでしょ。私の前じゃあんな感じよ。あれは・・・・・・
 そうね、私の例のあの話を聞いて引いちゃったか・・・キスしたって聞いて恥ずかしいとか」

「あんた自分の話をそんだけ淡々とよく話せるわねー!んー、でも、そうね。
 私としては後者キボーかな。そっちの方がだんっぜん!おもしろそうだし」

ほづみはアイスをすくうスプーンの手を止めた。
前を見るとにこにこと笑う理香の笑顔。
もうカップの中のアイスはない。

なんだか逆らえない。

あきらめてほづみはアイスを食べる手を速めた。

「そんなに急いで食べたらのど詰めるわよ」
「どうやったら詰めるのよ」
「じゃあアレよ、頭がき―――んってなるわよ、き―――――――んって」



なった。



「・・・・・・っ!」

くやしすぎる。


頭を抱えて苦しむほづみを見て、ふと、理香は言った。

「ね。あんた・・・・・・もう大丈夫なの?」
「・・・なにが」

言ってから理香の言っている意味に気づいた。

「・・・・・・ばーか、ね」
そして、笑った。
理香はそれを見て、ほっとした笑顔になる。




そう。もう大丈夫。

実る前に煙か霧みたいに消えてしまった、あの恋。

でも、確かに・・・相田くんは存在した。

やっぱり時々……胸がしめつけられるけれど。
今はただ。祈るだけ。




あなたの人生が、幸せだった事を、祈るだけ。





敬一を見ることに、もう抵抗は無かった。
性格はやはり顔に出る。もはや混同する事はありえない。

むしろ、あの「サイボーグ石塚」の表情の崩れるのを見る度に、
すこしくすぐったい様な気分になった。

「ねー理香、私もやっぱ後者希望」
「んー?」
「引いちゃった、はなんかイヤだし」

理香はにやりと笑った。
「いい傾向ね!」

そしておもむろにスプーンをつかみ、
かしっとほづみのカップの中に突き刺した。

「あ―――!」
「すきあり」

やっぱり早く食べとけばよかった。
しかしきーーーんとなるのがイヤで、結局理香に少しずつ取られながらも
ほづみはアイスを食べた。




「そういえばね、転校生くるらしいよ」
「・・・?へー、へんな時期ね」

相変わらずその情報はどこから仕入れてくるのか。
ほづみはあきれながらも興味を引かれた。

「なんでも、大阪からの転入生!だーって」
「ふーん」

転入生ね。


夢にも思わなかった。
その転入生に、再びほづみたちの日常がかきまわされることになる、とは。









***

「大阪から来ました!俺の名前は、瀬尾 和泉(せお いずみ)でーす!よろしゅう!」

ほづみはあっけにとられた。
金パツだ。目の前に光る金髪がある。

回りのどよめきには、「瀬尾じゃん」とか言うつぶやきも混じっているところからみると、
どうやら出戻り転校生らしい。

つまり、親の仕事が済んで、こっちに戻ってきたのだろう。
ただ隣町に住むほづみは彼のことを知らなかった。

どよめきの中にはきゃーとか言う声も多々混じっている。
なるほどどうやら顔はいい。

「ねーちょっとどいて」
「え、な、森本さん!?」

その声に右隣の席を見ると、
斜め後ろのはずの理香が不機嫌そうに隣に座っていて、床に哀れなクラスメート斎藤君が転がっていた。
ほづみは同情の視線を斎藤に送って、理香になによ、と言った。
理香は前を向いたままで言う。

「ほづみ・・・あいつには要注意よ」
「なに・・・それ」
「私、地元ッ子だからあいつのこと知ってんのよね。くっそー、大阪からの転入生って聞いた時点で
 名前まで調べとくんだったわ・・・私としたことが」
「だから要注意ってなによ」

「あいつ・・・しばらく見ない間にすっごい女ったらしになってたのよ!!!」



―――――。



その瞬間、偶然にも教室内が静かになって、理香の声は教室中に響き渡った。
好奇の目がほづみと理香に集まる。

「え、ちょ、理香」
「・・・・・・言うてくれるやん。・・・森本理香」

再び視線を戻すと、噂の瀬尾和泉が少々ひきつった顔でこっちを見ていた。


***

理香の話によると、小学校時代にまだおとなしかった理香をいじめていた瀬尾和泉は、
理香の本性が目覚める直前に大阪に転校したという。

しかも今日の朝、遅刻寸前でめちゃくちゃに慌てた理香は、和泉にぶつかってこけ、

『ご、ごめんなさいっ』
『いや、そっちこそ大丈夫か?仔猫ちゃん』

―――げっ、なにそれ。

と思って顔をあげると、忘れもしない、にっくき瀬尾和泉だったと言うのだ。




「そのむかしあいつはすっごいんっけんなヤツだったのよ!はらたつわー」
「聞こえるように言わんとってくれるか?お前の方が陰険やないけ!」
「何言ってンのよ、会うたびにデブだのブスだの言ってくれたやつに言われたかないわ!」
「あーだから一瞬わからんくて普通の女の子に声かけるみたく話し掛けてもうたやんか!」
「どういういみだそれ―――!」


ほづみは右と左、理香のほうと和泉のほう、交互に首を動かす。
心の中で一つため息をつく。
修復不可能、てやつね。

けんけんごうごうと喧嘩が繰り返されている。
和泉のほうには葡萄のように女の子が群がり、そうよー理香ってばちょっといいすぎよー、と言っている。

うーわ。

理香もほづみをそっちのけで喧嘩に夢中だ。
今は昼休みで、おなかもすいている。

しょうがないので、ほづみはパンを買いに教室を出た。



「・・・っとに、騒がしいのが入ってきたものねー」
あの分じゃ当分静かにならないだろうと踏んで、理香の分までパンを買う。
大食らいの親友のために、ほづみの両手はパンの袋でいっぱいになった。

「あー。私っていい親友」
ぶつぶつと言いながら人気の無い中庭を通ると、例の石塚敬一が紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいた。

「あ」

と言った瞬間にパンを落とした。
どさどさ、という音に敬一も振り返り、固まった。

「〜〜っ」
ついてないわ。

しゃがむと、ほづみはパンを拾いはじめた。

ふと、目の前に2つ3つ、パンがあらわれた。

「あ、あり・・・がと」
敬一が仏頂面でパンを差し出していた。


――そうよね。どっちかっていうと、無表情というより、仏頂面なのよね。

一人そんなことを思い、にへらと笑った。
敬一がすこし赤くなった。

「お礼。それ、あげるわ」
それでも腕の中のパンは6、7個はある。

え、と声にもならない声を敬一は出す。

「て、いうかね。今退屈だし。一緒に食べない?石塚君」

サイボーグ石塚の顔が面白いくらい変な顔になった。



無言の時が流れ、敬一は焦った。
横にはほづみがメロンパンにかじりついている。
何がどうなってこういうことになっているのか。

もらうことになってしまったクロワッサンを一口食べる。
敬一は会話をするのが基本的に苦手だった。
なんでもないような顔をしているが、ほづみも変に思っているかもしれない。

なにかしゃべらなければ。


実際にこの場に会話がないことを全く気にしてないほづみだったが、
何か言おうとしている敬一に気づき、「どしたの?」と聞いた。

しまった。なに言おう。


「そ、それ・・・全部、あんたが食うのか?」

失言だった。

ぷっ。

「あははははは!」

ほづみが笑い出した。

「そうよね、普通そう思うか。これはね、これとこれの二つが私の。残りは友達のよ」

じゃあその友達がすげえのか。
え、5つも食うの?

そんな思考が顔に出ていたのか、余計にほづみは笑った。

「その友達に・・・渡さなくていいのか、それ」
あ、スムーズに話せる。当社比だけど。

敬一はすこしほっとした。

「いいのよ。彼女、今鋭意喧嘩中だから」

どんな友達だ。
敬一の脳裏に、男前な女の姿を想像して、身震いした。


「あ、猫だ」
黒い猫が寄ってきて、敬一にすりよった。

にぁ、と小さく鳴いて、何かを催促しているように見える。
敬一は持ってたパンを少しちぎって、猫に与えた。

「なついてんのね」
「・・・・・・あぁ。一回エサやったら、なついた・・・・・・」
猫は食べ終えるとぐるぐる鳴いて、敬一のひざまで登ると、
太ももまで上がり、寝てしまった。

「かわいい・・・・・・」
「猫・・・すきなのか?」
「うん、好きよー。犬より猫派だな。石塚くんも?」

敬一は、ぴし、っと擬音語をつけたくなるほど固まって、
おずおずと頷いた。

見ると眉根が寄っている。

照れていた。


なんだか心臓がむずむずする。
敬一が照れたり、困ったりして、仏頂面が崩れると、
ほづみは嬉しくなった。

―――よくない、傾向だわ・・・・・・。


思考を振り払うように首を振ると、ほづみは敬一に話し掛けた。

「なんか、ごめんね。色々・・・変な話しちゃったし。困らせちゃったみたいで」
敬一が猫を撫でていた手を止めて、ほづみを見た。
猫に視線を戻したかと思うと、遠くにある木をにらみつけている。

考え込んでいるらしい。
台詞をまとめるのに時間がかかるタイプなのだと、
ほづみはそれ以上何も言わず、敬一のにらみつけている木に目をやった。

再び訪れた沈黙に、ちちちちち、と小鳥の鳴く声が割って入る。




―――――あ。巣がある。




「変な話じゃないだろ」

ほづみは敬一に視線を戻した。

「俺の態度が……気になってたなら、悪かった。その、少し恥ずかしかっただけで。
 あの話は……変な話じゃねえよ。その相田ってヤツが、納得して行けたなら。
 俺はこの身体が役に立って、良かったって思う」

長台詞に疲れたのか、ふぅ、と息を吐いた。

ほづみは泣き笑いのような笑顔を浮かべた。
「信じてくれてるんだ、あの話」
敬一が頷く。
「顔を見たら……わかった」

「そっか」

しんみりしてしまった空気に慌てて、敬一は意味もなく猫を持ち上げたので、
猫が起きてしまった。

にぁ。

非難するように鳴いて、敬一の手を離れる。

ほづみが手を伸ばし、猫を捕まえた。

にぁ――――。

一瞬嫌がるように身を捩ったが、すぐおとなしくほづみに抱かれた。
猫を撫でるその手を見て、


――きれいな手だ。

そう思った。

典型的な男兄弟ばかりの敬一は、その性格も災いし、
ゆっくりと同年代の女の子の手など見る機会などなかった。

自分じゃこの黒猫の頭なんてすっぽりとつかめてしまうのに、
背格好の小さいほづみの手が撫でると、まるで猫の頭が大きくなったようだった。


「あ。ぶっちょーづらだ、この猫。石塚くんっぽいわー」
「え」

まじまじと見ていたことに自分で気づいて、敬一はびくっとした。

―え、なに?猫?俺っぽいってなんだ。

「ごめんごめん。でも、石塚君ってなんか猫っぽいじゃない?それも絶っっ対黒猫ね。
 このコといっしょ。たぶん猫になったらこのコと双子みたいだって」
「……なんだ、それ」

敬一が、少し笑った。

びっくりした。

ぱっと目をそらし、ほづみは思う。

――――――だから良くない傾向なんだって。






「それを言うなら、あんたが猫だ」
「なんでよ」
「え、それは・・・・・・」

そんな質問を間髪いれずにされたら困る。

敬一はまた考えこみだしたが、
多分小さいからと答えれば怒るし、身体が細いとか目が大きいとか言うのは
恥ずかしくてとても敬一に言えるわけがなかった。



ほづみはというと、








――――――あ、コウモリがいる。







その質問の返事が返りそうに無かったので、ほづみは話題を変えた。

「ねぇ石塚君。石塚君がよかったらなんだけど、私この猫もらっていい?」
「え・・・あぁ、いいけど・・・・・・俺のとこ、飼えねえから・・・・・・助かる」

「やった。じゃあ帰り、またここに来たら来るかな」
「俺がいたら・・・・・・来るんじゃねえかな。来ようか?」

言って後悔した。
今のナンパくさくなかったか?

「ほんとに?ありがとー」

そろそろ理香が喧嘩熱も冷めて腹が減ったとわめくころだから、じゃあね、
とほづみは去っていった。








動悸はあとからきた。




「――――――かんべんしてくれ・・・・・・」



+++++


「な――――にしてたのよっ!おなかすいちゃったわよー」
「そうと思ってパン買ってきてやったわよ!」
「きゃーありがとほづみっ!え、5つしかないの?」

――その一言で5人は引いたわよ。

「なんやお前・・・よぉ食うな」
引いた約5人の中の一人、和泉がひきつった顔で言う。

もうその間に理香はチョココロネを消化した。

「ふぁによ」
「お前、小学校の頃は、こーんなちっちゃい弁当苦しみながらくっとったやないか」
「嘘、理香、そうなの?」

初耳だった。

「じだいはかわるのよ」

むぐむぐ。

「あんたに好き嫌いが多いことをバカにされた悔しさをバネにしたらなんでも食えるようになったわ」

自分の机に座ると、その左横の机に足をがんと乗っけていばる。

――あ。さんにんひいた。



「俺の席になにすんねん!」

どうやら和泉は理香の左隣、つまりほづみの後ろになったらしい。

「あ、私の後ろなの。よろしくね、瀬尾くん」
とたんに和泉のモードが切り替わったらしい。
「おう、ほづみちゃんって言うらしいな。浪速の王子様、瀬尾和泉とは俺のことや。よろしゅうにな!」
「は、はぁ・・・・・・」

こりゃちょっとさすがに引くわー。
後ろできゃぁきゃぁと言っている女の子の気が知れなかった。

「あれ。ほづみちゃんはきゃーきゃー言ってくれへんの?」
「・・・・・・はぁ!?」

叫んだ。
やばい。こいつは本気で苦手なタイプかもしれない。


そしてその時ほづみの隣で3つ目のパンを食べ終わった理香が、

ふんふんさすがほづみ今のなつかしーわーこないだのいっけんでちょっとおとなになっちゃってすこしさびしかったんだけど
やっぱほづみよねっていうかせおあんたほんとにきもちわるいわよ。むぐむぐ。

と言った。





昼休みが終わってすぐの授業中、やはりほづみの予想通りあわれな斎藤が床に転がり、
理香はほづみの隣に座っていた。よほど和泉の隣はイヤなのだろう。

「で、昼休みどこ行ってたの?」
「中庭で石塚くんとパン食べてた」
「へぇ〜!石塚と!!どうだった?」

なにがよ。

何を聞きたいのかわからないその質問に、
ちょっと理香をにらみつけて、
ほづみは答えた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・後者だった」
「へぇ!いい傾向ね!!」

声がでかい。

数Uの教科書をべしっと理香の頭に叩きおろす。

「・・・・・・よかないって!!」
「こら!三木、森本、うるさい!」
「「ごめんなさ――い」」

ほづみは理香をにらみつけた。

―――やめてよねわたし理香みたいにすーがくとくいじゃないんだから。

当の理香は、まったくその視線を気にせず、にやにや笑いを続けていた。

――なにを考えているんだか。


ほづみは理香に結局勝てない。
あきらめてほづみは、コサインシータに改めて取り組んだ。









***



何がよくないかと言うと、とりあえず和泉が想像以上にうざかったことだ。



「なぁなぁほづみちゃん!ほづみちゃんって」

それからその日、毎休み時間ごとに話しかけてくる和泉に半分切れそうだった。
どうやら、自分になびかないほづみにえらく興味をひかれたらしい。

とうとう終業チャイムと同時にほづみは叫んだ。

「うるさいってのよどっかいってよ――――!」

理香はつぶやく。

「どっかで聞いたおたけびだわ」

やはり和泉はほづみの好きなタイプではなかった。
いや。

大嫌いなタイプだった。

「久し振りにスペシャル元気なほづみが見れて私、嬉しいわ。でも私、そいつだけは許さなーい」

葉月の時にくらべ格段迷惑そうなほづみに助け舟を出すべく、
理香は歩み寄る。

「お前じゃ平安貴族の欠片の気品も感じられないのよ!去れ!」
理香の鉄拳がとんだ。

「なんやねんおまえ!」
「うざいのよあんた!」

和泉の矛先が変わり、ありがとう理香、とほづみは理香を拝む。







――確かに和泉の行動は葉月のそれを連想させる。
でも、葉月と同じではない。


興味本位で近寄る和泉は、葉月と同じではない。
葉月は、はじめからほづみだけ追いかけた。







――なんで信用できない、なんて思ったんだろう。


――どんな思いで、葉月は毎時間、1年生の授業なんか受けて、


――休み時間になったら飛んできて、ひとつ年下の女の子に、



――――――『三木先輩』って。

―それを。


――わたしは、信用できないって。







ほづみは後悔と切なさに久し振りに泣きそうになった。


そうだ。恋なんてできるわけない。
こんな、私が。






「ほづみちゃーん、俺とつきあおうやー」

へらりと笑って近寄る和泉を、ほづみはぎっと睨んだ。

「私は当分恋なんてしないわよっ!!」

かばんをひっつかみ、ほづみがずかずかと教室をでていった。



今の一言でぽかんと呆ける和泉に、
理香は盛大に顔を歪め、あ―――ぁ、と言い、和泉の顔にカバンを炸裂させた。





***

あ。三木先輩。


すでに黒いその仔猫をつかまえ、胸にだいて中庭にいた敬一は、
ほづみの姿をとらえた・・・が。



―――なんかすげえ顔してる……。



敬一は意外とほづみの笑った顔やおだやかな顔、ついでに泣き顔しか見たことがなく、
今のような顔を見るのは初めてだった。

それでも敬一をみとめると、無理やり笑顔をつくり、

「ごっっごめんね、ちょっと遅くなっちゃって!」
「いや・・・いいけど、なんかあったのか」
「え!?この顔!?いや、ちょっとね!!むかつくことがね!!」

ちょっとじゃないと思う。その顔のひきつりようは。
「ならいいけど・・・」

ほづみははぁはぁと息を整えて、改めて敬一を見た。

「あ!いっちゃんだ。連れてきてくれたのね。ありがとー」
「……いっちゃん?」
「今日ね、ずっとこのコの名前考えてたんだけど……」

そう言いながらほづみは敬一の腕から黒い仔猫を受け取った。

「なんか石塚くんのイメージが頭から離れなくて!敬一のイチ!ごめんね、名前借りちゃった!」

敬一はあぜんとした。
しだいに顔が赤くなっていく。

盛大に眉を寄せ、

「あ、あんた、恥ずかしいことやめてくれ!」
「でもさ、もう他の名前じゃしっくりこなくって」

だめ?

おそらく意識はしてないのだろうが、
背の低いほづみが立ち上がった状態で、敬一を見上げると自然と上目遣いになり、

いわゆるアレである。
ついでに猫というナイスアイテム。

「だ、……だめじゃねぇけど……」
「やったねー。いっちゃん」

にぁ、と猫が鳴く。

敬一は赤い顔が戻らない。眉間のシワも戻らない。

空気がなんとなく気まずくなったときだった。



「ほづみちゃ―――ん!」

「げ」

「げ?」


ここまで追ってきたのか。
すぐ後ろに和泉がいる。
少し遠いところに追いかけてきたらしい理香の姿も見える。

「なんだコイツ……」
「別に気にしないで。今日うちにきた変な転校生だから」
「そういう言い方はないで〜、ほづみちゃん」

ほづみがじろりと和泉をにらみつける。

「誰もがあんたになびくと思ったらおおまちがいよ!」
「なんでそんなにかたくなやねん。失恋が原因なんか?」
「なっ!なんでそこで失恋なんかでてきたのよ!?」
「だってもう恋はもうせえへんって、それしか考えられへんやんかー」

こい。

敬一はやっとこ顔色が元にもどったが、すこしその言葉に反応した。

――恋なんかもうしない?それは……


「ひどいヤツにでもひっかかったんやろ〜。大丈夫やって、そんなヤツは俺が!
 
 忘れさせたるから」


「・・・・・・っ」

ほづみが手を振りかざしたそのとき。


敬一がほづみのその手を止めた。

ぼそりと言う。

「きれいな手なんだからやめとけよ」


―――へっ。


ほづみがその意味を咀嚼する前に、
敬一が和泉の頬を殴り飛ばしていた。


「―――っでぇっ」

不意打ちの上勢いがつきすぎたのか、和泉はその場に倒れた。


「時として無知は罪になるんだ。深く考えずにぺらぺらしゃべるんじゃねえ」

和泉が立ち上がる。

「なんやねんお前、関係ないやろ!」
「関係あるから殴ってる」

「なんやと・・・・・・うごっ!」


そして再び和泉は地面に倒れた。

和泉の後ろから、ものすごい形相をした理香が出てきた。



「っざけんじゃないわよ!いいかげんにしなさいよあんた!
 あんたなんかねぇ▼○□×*+$!!!!!!」



ほづみと敬一が一歩引いた。
放送禁止用語が流れた。




「○×◆%£♪Д!!!!」


放送禁止用語が続く。

「ひさしぶりにみた」

ほづみがつぶやいた。
敬一がほづみを見る。


「おい」

敬一がいきなりほづみの手をひいて、

「あっちょっと!石塚君!?」



そのままひきずられていった。






はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、


一応気が済んだらしい理香が荒い息をついている。

和泉はというと、すっかり放送禁止用語の嵐に意気消沈し、
ぐったりとうなだれていた。

「あのね。いろいろ事情があるから一言で言ってあげるわ。
 このままじゃなんであんたがここまでされてるかわかんないだろーから」

和泉が顔をあげる。

「あのこの好きだった人はね。死んじゃってんのよ。
 
 あんたは知らなかったからしょうがないけど。

 あのこが沈んでるとこ見ちゃってる私らは・・・理屈じゃどうしようもできないのよ。

 だから謝っとくわ。殴ってごめんね」


和泉がびっくりした顔をする。

「……驚いた?」
「俺…ほづみちゃんにあやまらな……」
「……あら。意外と素直ね。根性の根本はマシにできてんじゃない」

理香はくるりと振り返ってポケットをごそごそやった。

ぺいっと和泉に投げつける。

「はっときなさいよ。傷口洗うのも忘れちゃだめよ」

慌ててキャッチして手を開くと、バンソウコウだった。
そういえば敬一に殴られたところは、こけたときに地面ですれて血が出ていた。

「……さんきゅ」

理香は振り返らずに、手を振った。





***

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、

そこは中庭から繋がっている、体育館裏だった。

「ここ……」

石塚敬一に扮した相田葉月と、ほづみがはじめて出会った場所だった。

「あ!」

はじめて敬一が大声をあげた。

「!?」

ほづみもその声に驚いて敬一の顔をまじまじと見る。

敬一は、

ほづみの顔を見て、

引っ張っていた手を見て、

もう一度ほづみの顔を見て、


慌てて手を離した。

呆然としたその顔を見る限り、
だいたい和泉を殴ったときから理性を失っていたようだ。

「俺……ごめん、なんか……あんた泣きそうだったから……」
「?」

ほづみが手を目にやると、なるほど、少し潤んでいたのか、
ちょっとだけ人差し指が濡れた。

「あ」

「なぁ……あんた」


敬一が眉を寄せ、顔をそむけながら言う。

「あんた、さっき・・・中庭に来たときも、怒ってたんじゃなくて……

 泣きそうだったんだろ」


図星だった。

だって。
あのバカが癒えかけた古傷をえぐるから。
いや半分は自分のせいだけど。


「それに、あんた誰かいると泣けねんだろ」


そういやそうだ。
自分が人前で泣いたのは、葉月がいなくなったとき、
理香の前だけだ。


「あんたが、泣くの限界まで我慢して、ひとりで泣くって思ったら。

 なんか苦しんだよ。

 だから、泣きたくなったら中庭来い。俺しか居ないか……ら……」



敬一ははっとする。


これじゃ俺の前で泣けって言ってるようなもんじゃないか。
だいたい俺、さっきからどえらく恥ずかしくないか?

恥ずかしくないか!?


恥ずかしいだろ、おい!




こんなの、いまどきベタな恋愛映画でも冬ソナでもいわねんじゃねえか!?






敬一はそこまで考えると、赤くなってうつむいた。
普通にうつむくとほづみの顔を真正面から見てしまうので、

それはそれは急角度にうつむいた。




「ありがと」
「えっ」



ほづみはしゃがみこんだ。

そして、

う゛――――、と、押し殺したような泣き声を出して、泣いた。
ほづみの胸でさっきから少し忘れられていた猫が、つぶされてぶみぃと鳴いた。



何かの糸が、敬一の言葉で切れた。
泣きながら、どこか安心していた。






敬一が、前でしゃがんだ気配がした。


「恋…しないって言ってたけど。相田葉月はそんなこと…望む、やつなのか?」


ほづみはちょっと止まって、首をぶんぶん振った。


「ヘンな無理すんな……」


こんどは、ゆっくり頷いた。








猫が嫌がって鳴き続ける。





―――そうだ。

相田くんはそんなこと望まない。

どこまでも澄んだ、あの瞳で。

大人びた笑顔で。

どこまでも優しかった……あの人は。



そんなこと、望まない。




それは私が、一番よくわかっていたはずだ。











もう一つ。



私、あの人に好きだって言えなかった。





いつ、大切な誰かにその言葉言えなくなる時がくるか。

それは誰にもわからない。













だから。
















突然、ほづみが顔をあげた。

至近距離に居た敬一がびっくりしてのけぞる。



ほづみは猫……イチを持ち上げ、その鼻面をぼんやりしている敬一の顔におしつけた。






ぶみゃ――――。








「!?」



ほづみは、本当にちいさな、ちいさな声でいった。















――――――――すきよ。










敬一の脳みそがその3文字を受け取る前に、
ほづみはばっと立ち上がり、駆け出した。



20mほど走って振り向く。



「また石塚君に、イチを見せに行くから!」


そしてまた走っていく。






ツインテールの女生徒と合流し、二人で走っていく。




中庭をつきぬけ、校門へ。








ほづみと理香が校門を出たとき。



敬一の脳みそはやっとその言葉を飲み込んだ。









もし、誰かがその時の敬一を見ていたとしたら、
その次の日には全校に、


サイボーグ石塚が耳まで赤くなって地面に転がってた、


と広まっていただろう。





+++++

穏やかな朝だった。

秋晴れの朝。
すずめは可愛らしくちゅんちゅんと鳴き、
雲はゆっくりと空を泳いだ。



――――――学校の、外は。



「走って逃げてきたの?」
「はしってにげてきたの」



理香とほづみが教室で向かい合って座っていた。
いつも見られる光景だが、今日はなんだか雰囲気がおかしい。

ので、いつも割って入る和泉もなんだか怖くて、その不思議空間に入ることができなかった。




そう、理香が怖くて。




ちなみに、この会話はすべて小声である。

「あんたが昨日、すきっていったのって言ってそのまま走って帰ったから、私、
 今日事情聴取するのを心待ちにしていたのよ」
「はい」
「私が聞きたかったのはそんなオチじゃないわ」
「……そんなこと言ったってねぇ!」
「だまんなさいっ!」

ちなみに、この会話は本当にすべて小声である。

「あんたねー。そのあとはおへんじもらっておつきあい。それがセオリーってもんでしょ?
 私セオリー通りにやるって嫌いだけど、これは別。ばかねー」
「うー、だってこわいじゃない」
「こわいけれども!」

そこで理香はごん!と右手のこぶしを自分の机に叩きつける。
びくり、と回りのクラスメイトが肩を揺らした。

「おかあさんはほづみをそんなおくびょうなこにそだてたおぼえはありませんよ!」
「そだてられてないわよ!」
「もー、じれったいわねー!」

理香はそのまま机に突っ伏して、じたばたした。

敬一もおそらくほづみのことを好きだろう。
しかし理香がそれを言うのはなんだか許せない。

自分で、それを聞いてこいというのに、このにぶちんは。


ほづみはほづみで、同じように自分の机に突っ伏し、顎を腕の上にのせ、
あ゛ぅーともう゛ぃーともつかない声でうめいた。

勇気はあの告白で使い果たしてしまった。

あの愛すべき仏頂面で、「俺はそんな気ない」とでも言われたら。
自分は夜に、枕ならぬ猫のイチを涙でびしょびしょにして、風邪をひかせてしまいそうだ。


一方、勇気をふりしぼって、和泉が二人に声をかけてきた。

「な、なぁ、あのな・・・」

「馬鹿はだまってろっ」
「うるさいわね」

ぴしりと固まった和泉は、同情をたたえた目をしたクラスメートに、
ポンと励ますように肩をたたかれた。





―――焦りすぎたのかな。

いや、そうじゃない。
もしそうなら今ごろ後悔に苛まれているはずだが、ほづみは後悔なんてしていなかった。

―――じゃあ、何が引っかかってるの?。

もはや呪文に聞こえる数式が頭をきれいに流れていくのを感じながら、
ほづみは空を見上げた。

うろこ雲。



相田葉月を忘れたわけではない。
ただ、ほづみは祈っていた。

きっと人生のほんの一瞬、運命がかすった相手。
葉月の事はなんにも知らなかった。

知っていたのは、生まれた月。名前。それから・・・。

ほづみは祈っていた。

自分を好きになってくれた彼の一生が、幸せなものだったならいいと。













―――あ。

ほづみは雲を見ているうちにあることに気づいた。





大事な事を忘れていた。




――――散らかしっぱなしじゃない。私の心の中。

なぜ今まで気づかなかったのか。
自分の後頭部が今もし見えたなら、きっと全力で殴っていた。

――――これじゃ、石塚くんにも振り向いてもらえないわ。

ほづみは気持ちごとそうするように、唇をひきしめた。

「お、いい顔してるな!三木、前にでて解け」


しまった。


ほづみは一変して泣きそうになった。

+++

敬一は相変わらず中庭に生息していた。

あの、すきよ、がずっと頭のなかでぐるぐるしている。



うれしい?

嬉しい。



だから困る。
言われて初めて、自分だってほづみが好きだと気づいた。



この感覚。これが恋だと知った。



からだの内側からじわじわと沸きあがる、この切なさが。



きゅっと心臓を強く締め付けてくる、この衝動が恋だと。





今すぐに飛んでいって、俺だって好きだと言いたい。

でも。
葉月の陰が気になってしょうがなかった。

素直によろこべない、自分が居た。


――死で断ち切られた思いは、一生もんだ。

祖父がそう言った。
父を産み、早くに先立った祖母のことを、祖父はいつまでも愛していた。


相田葉月のことは全く知らない。


―――俺の向こうに、相田葉月を見ているんじゃないか?
―――あの人の気持ちは…錯覚ではないのか?


嬉しさの裏側で、不安がざわめいた。


敬一は校舎に背を預け、空を仰いだ。
空は秋晴れで、悔しくなるほど青かった。



「くそ。恨むぜ、相田 葉月……」




一歩が、踏み出せなかった。




+++
終業チャイムが鳴り、がやがやと学校はにわかに騒がしくなる。

ほづみは鞄に教科書を詰め込みながら、理香を呼び止める。

「理香。今日は先帰ってて。私、行くところあるから」
「え。それはいいけど。どこ行くの?」

手が止まった。

「相田君の…おはかまいり」

はじめて行くの、とほづみはつぶやいた。

「どうして、また・・・」
ほづみはちょっと笑った。

「行かなくちゃ、って思ってたんだけど。なんだか・・・怖くて。
 でも、行くなら今しかないって、感じかな」
「今?」
「そう。つっぱしって行動したけど、前に進めてないのは、先に伝えなきゃいけない相手に伝えるべき言葉を…
 言ってなかったからじゃないか、と思って」

理香はまじまじとほづみの表情を見た。
そこにはもう、戸惑う感情は見えなかった。

「何か見えたのね」

ほづみと理香は、顔を見合わせて笑う。

まばらになった教室の中。

ほづみは、ドアに向かって歩き出し、ふと振り返った。



「私、告白しにいくの!」


理香は目を丸くした。


「これが終わったら、石塚君のところに行くわ」




革靴とコンクリートが当たるかつかつという音が遠ざかっていくのを聞きながら、
理香はにやっと笑った。


「ふぅん。なるほどね・・・」
「なーにーがーなるほどじゃ」

「わっ」

和泉が恨めしそうな顔で後ろに立っていた。

「今日はほんまに馬鹿って言われたりうるさいって言われたり俺ほんまにつらかったわぁー」
「なによ、あんた居るなら居るっていいなさいよ」
「居る」
「遅い」

和泉はどないせーっちゅうねん、という目で理香を見るが、理香は鮮やかにそれを無視した。

気を取り直す。
そして思いっきり恨みがましい声で、わざとらしく、

「ほづみちゃんにあやまろー、思って気合いれてきたのに今日の雰囲気・・・
 さすがの俺にもつらかった」

と言った。

―――しもた。怒られるかな。

しかし、予想は外れる。


「・・・・・・そーかもねー」

理香がちらっと和泉を見て、ははっと笑った。
和泉はそれをびっくりしたように見つめた。

「?なに」


―――なんや今の。


―――――――なんや、今のは!?こいつ・・・笑っ・・・




いやそれどころじゃない。理香は和泉の返答を待っている。

「い、いや・・・・・・。それと俺、これお前に渡そー思て・・・」

和泉が手を出したので、理香は訝しげに和泉を見ながらも右手を和泉の手の下に伸ばした。
和泉の手から理香の手にその中のものが落とされるとき、
ほんの少しその手が触れた。

「・・・っ」

和泉の手が一瞬硬直した。
理香はそれに気づいたが、なんとなく、気づいてないふりをした。

そうしないといけない気が、したからだった。

手に落とされたものは、新しいバンソウコウだった。


「・・・?」
目でなにこれ、と訴えると、
和泉は、

「これ」

と言って自分の頬に貼られたバンソウコウを指差した。

ちょっと笑ってしまった。

「あんたって、意外と律儀ね」
「あーうるせー!」

その話はやめやこういうの苦手やねんって、

と早口で言い、和泉は自分の鞄を超高速で取り、ドアに超早足で近づいた。


が。
出口付近で一瞬止まる。

「なぁ、この近くの墓場ってひとつしかなかったよな。俺の記憶がまちがってるか、
 もしくはこの10年近くで町が変わってなかったら」
「え?あぁ、そうよ。なんだ聞いてたの。相田君も・・・あそこらしいわ」
「ほづみちゃん、一人で行くんか?あそこ、この時間はぶっそ・・・」


どかん、

その瞬間和泉はすごい力で押し飛ばされた。


そこにはもう理香の姿は無かった。


和泉はへらっと笑う。
「そういうところは、変わってないねんな」






+++

私としたことが――――――!
あんなちんまくて小動物なあの子に変態ジジイが襲い掛かったらひとたまりも無いわ!

理香は走った。
持久力がいるスポーツは苦手だったが、ひたすら走った。
瞬発力だけで勝負した。


「あ―――もう!くそ瀬尾が変なことで呼び止めなかったら―――――!」

いや別に本気で思ってる訳じゃないけどね!
って誰に言い訳してんの!私ってば!


「ちかみち!」

校舎の窓から飛び出し、中庭をつっきろうとすると、
視界の隅に人影が映った。

「?」

視点をあててみると、かのサイボーグ石塚だった。
理香の脳細胞がフル回転した。

「利用しない手は無いわ」








石塚敬一は基本的に真面目だ。

怖いと噂されながらも授業は出てるし、団体行動もするし、
なにより皆勤だった。


が、しかし。

今日、はじめて全ての授業をさぼった。

そんな自分がなんだか情けなかった。


ぼんやりと前を見つめる。

目の前の木のせいで、視界が緑だった。が。
急に暗くなってびっくりする。


「はぁい、こんにちは。石塚くん」

見たことある、女だった。

そう、ほづみの、パンを5個食う、喧嘩もする、例のトモダチ。

敬一は無表情だったが、内心ぽかんと口を開けていた。


「そういえば話すのは初めてね。私は森本理香。森本先輩様でいいわ」
「・・・は・・・?」

位置的に理香がふんぞり返っているように見える。
やはり只者ではないのかもしれない、と敬一はすこし警戒した。

「あなた、もう放課後よ?なにしてるの?」
「いや。ずっと考えごとしてた」
「考え事って・・・一日中?」

敬一が頷く。

「あなたって意外と馬鹿ね」

なんでそんなことを言われなきゃならない。
が、言い返しても勝てる気はしなかったので、敬一は聞かなかった事にした。


「あんた今日私に感謝しなさい」
「・・・は・・・?」

「今からヨコクニ墓地に行くのよ。場所わかる?」
「いや、わかるけどなんで・・・」
「い―――から行くのよ。行かなきゃ一生後悔するわよ」

口調はさほど強くなかったが、目を見た瞬間、敬一は悟った。

『これは逆らってはいけない女だ』

それは理解したが、なんだか理不尽な気がして戸惑う。

「はやくいかないとほづみがあぶないめにあうのよ!」


敬一はばっと立ち上がった。

「ヨコクニ墓地?」
「そうよ!」

敬一はあとは何も言わず、駆け出していった。

理香はこれでほづみの身も未来も大丈夫、と満足気にそれを見送ったが、


は、とあることに気づいた。

「―――私、『かもしれない』をつけるのを忘れたわ」



『あぶないめにあう(かもしれない)のよ!』



あはははは。



敬一にとっては笑い事ではないのだが、
あの噂のサイボーグ石塚が血相を変えて走っていったのを見て、笑顔が浮かんだ。

「思いっきり走れ走れ、石塚しょーねん。考えるより動けよ」

笑いながら、理香は校門をめざして歩き始めた。


+++



墓地特有の寂しい雰囲気を全身で感じて、ほづみはちょっと気分まで引きずられた。

「ここで・・・・・・眠っているの?」

目の前に、何の変哲も無い、灰色の四角い石。

ほづみは、手にもっていた花束を置いた。



お供え用の花ではない。

ほづみが、花屋を覗いたとき、

葉月は花だったらきっとこんななんだろうな、と思って買った花だった。



白いマーガレットが風で揺れる。
季節外れのその花は、花屋でぽつんと売れ残っていた。


ぶるっ、と身震いして、ほづみは秋を感じた。

「あなたがいなくても・・・季節は変わっていくのね」

あなたが逝ってしまったのが、せめて花の咲き乱れる、そんな春で良かった。
でも自分たちは、このあいだ暑い蒸れるような夏を味わい、これから身を切られるような冬を迎えていく。

さびしかった。





ほづみは、さびしかった。





「ね。相田君。私、好きなひとできたの。誰だと思う?」

つとめてほづみは明るく声に出した。

「なんと!相田君の大家サンだよ。びっくりでしょ。でもね、ぶっちょ―面してるけど、可愛いのよ!」

風が吹いて、ほづみの短めの髪が空気の中で踊る。

「なにがって、猫が好きって言うだけで照れちゃったりするんだから。返事返ってくるの遅いし。
 それでね、私、昨日すきって言ったんだ。でもね。走って逃げちゃった。
 こわく・・・て・・・・・・」


なにがこわい。
なにがこわい?


また失うのが?
無くなる事がないと無意識に信じていたものに、
突然去られてしまうのが?




ほづみは、自分が気づかないうちに涙をこぼしていた。


「・・・・・・ねぇ。・・・・・・あいだくん。私。相田君のこと、好きだったよ。

 ちゃんと、好きだったよ。

 聞かずに行っちゃったでしょ。ばーかね」


口調は明るいが、涙の混じった声だった。











「ね。相田君。しあわせだった・・・・・・?」












返事は、かえってこない。









ほづみは嗚咽をもらして泣いた。



嫌がって、ごめん。

くそばかなんて言って、ごめん。





何回言っても足りないような気がして、悔しくて、切なかった。








ふと、顔をあげる。


少し冷たいような秋風とは違う、暖かい風が吹いた気がした。


「・・・・・・?」

目線を正面に合わせる。



「・・・・・・・・・・・・あ」



花が増えてる。

訳がない。錯覚だ。

が、しかし、咲けずに終わったような、硬かったマーガレットのつぼみが、




全部。開いていた。




「・・・・・・」



ほづみは目を見開いたまま、花束を凝視する。




「そっか。」



ほづみは笑った。




「そっかー」





立ち上がる。

すると、昼間、教室から覗いた遠かった空が、ほんの少し近づいた気がした。





「んー!」

ぐいっと両腕をのばし、はーっと息を吐く。






「ありがと。相田君」



いっしょう、わすれない。

心に残された切なさも。







ずっと忘れない。







「よしっ」






――――――もう、逃げない。


怖くないと言ったら嘘になる。


でも、もう逃げない。


そう、決めたのだ。


+++++



だからって、急にそれって無いわよね――――。



墓地を出るには公園を通らないといけない。

その公園は、もう夕方6時を回って子供たちは帰っていた。





しかし、別の人間がいた。





ぜぇぜぇと息を切らしているところを見ると、どうやら全速力休みなしで走ってきたようだ。

―――もー逃げる訳には、いかないのよねー。



苦笑いして、敬一に近づく。



「いっしづかくん」
「へ・・・いき、なのか」




なにが。




理香あたりが何か余計な事を言ったのだろうか。
ほづみは苦笑いした。

「うん、平気よ。石塚くん。あのね」
「あのな」

言葉がかぶり、ほづみと敬一はそのまま黙ってしまった。


敬一は息を整える。


「先、言ってくれ」
「ううん、石塚君が先に」
「いや、俺は・・・・・・」


キリがなさそうだ。

ほづみはあはは、と笑い、
敬一もほんの少し、唇の端をあげた。

「なんか飲もっか、石塚君、走ってきて喉渇いたでしょ」



敬一がジュースの缶を持ってくる。

コーヒーと、オレンジジュース。

「どっちだ?」
「じゃ、オレンジジュース」

ふたり並んでベンチに座り、
ぷしぷしっと缶があく音がした。

「んっ」

一口飲んでほづみは声を詰まらせた。

「っ、どうした?」
「あ。これ、炭酸入ってた・・・・・・」
「炭酸だめなのか」
「うん、ごめんね、せっかく買ってもらったのに」

ほづみは苦笑いする。
敬一は自分の手元を見つめ、

「取り替えるか?俺、まだ口つけてないから」
「いいの?」
「ああ」
「じゃ、ありがと。交換ね」

敬一はほづみからオレンジジュースを受け取り、コーヒーを渡し、


あ。


気づいた。





―――俺は、試されてるのか・・・?


赤面せずに飲める自信が無い。



ほづみはコーヒーを飲みながら、
オレンジジュースと無言の格闘をしている敬一を横目で見て、

なんだか心が温かくなった。



敬一は缶を睨みつづけ、とうとうぎゅっと握り、ごくごくごくっと一気飲みした。
その不自然さに、ほづみは耐え切れず微笑をもらした。

ぷはっ、と息をつき、敬一はなぁ、と口を開いた。
言葉が発せられるとは思わなかったほづみが、微笑の浮かんだままの顔で敬一を見る。


「俺、今日ずっと考えてた。

 あんたは、俺じゃなくて、まだ相田葉月・・・・・・センパイ、のことを好きなんじゃないかって」


―――へっ。

ほづみは目を丸くした。

「だって俺の向こうに・・・相田葉月を見ているんじゃないかって、思った。
 
 だからなんか、あんたのところに行く一歩が踏み出せなかった・・・・・・」


ほづみは慌てた。

「石塚君と相田君、ぜんぜん違うわよ!混同なんてしてな・・・・・・」

「俺は見たこと無かったから・・・相田葉月を」

敬一はほづみの言葉をさえぎり、はじめてほづみの顔を直視した。


その表情は、眉を寄せ、まっすぐにほづみを見据え、

ほんの少し頬は赤かったが、真面目そのもので。


なんだか居たたまれない気持ちになった。


「・・・・・・でも、あんたに何かあったらって思ったら、
 足、止まらなかった。

 例えあんたがまだ相田葉月を忘れられなくても、俺は。





 あんたが、好きだ」


一瞬、間があった。






ほぼ二人同時に顔が赤くなる。


即座に敬一は目線をそらし、
ぼそぼそと、

「だから・・・、俺が絶対にこっちにふりむかせるから・・・っ」

きまらねぇ。



敬一はほとほと自分がイヤになった。





ほづみが両手をのばす。




がしっと敬一の頬を両手ではさみ、
ぎっと音がするほど勢いよくほづみの方に無理やり顔を向けさせた。


「ぐっ!」

ほづみと敬一の目線がかちあった。



「あんたね。私は!私ははじめっから石塚君って呼んでたでしょう!混同なんてしないわよ!
 私の言葉が足りなかったのねそうなのね、じゃあもういっかい言うわよよく聞きなさいよっ!」


ほづみは素で叫んでしまったものの、ぽかんとして見つめる敬一の視線で、頬はますます赤く染まる。


「私は。わたしは・・・石塚君が。好き」


今度は敬一の目が見開いた。




ほづみはうつむく。
両手の力が弛緩して、敬一の頬から離れた。


「でも。走ってきてくれて、ありがとう」

うれしかった、





つぶやきは掠れた。



敬一の心の奥から、じんわりと今度こそまぎれもない喜びがこみあげる。

切なく、あたたかい感情。




心から笑む。





「俺も、うれしい」








空は悔しくなるほど青く、


この世界は偶然と言う名の奇跡のつながりで。










この想いを。



この切なさを。






きっとふたりは、これからも忘れない。

















ほづみは帰り際、歩きながら後ろから敬一の指をちょんとつついた。

敬一が硬直する。


――――やっぱだめかな。





と思ったら、おずおずと指がほづみのそれに絡んだ。





どぎまぎする。




ほづみは予想外の出来事に、頭が白くなりかけた。

その白くなりかけた頭に、敬一の言葉がすべりこむ。



「俺。絶対死なない。絶対あんたより早く死なない。

 だから・・・ゆっくりで、いいか?」



何を根拠に。

背中越しの声は、まったく根拠のない、でも自信のこもった声で。


ほづみは笑った。


「いいよ」


手のひらが熱い。


「ね。あんたはもうやめてよ」

これは前から思っていたことだ。


「・・・・・・みきせんぱい?・・・・・・」
「それもナシ」


「じゃ・・・・・・ほづみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・サン」


往生際が悪い。
――――まぁ、いいか。

「OK。敬一くん」







―――二人は歩き続ける。





この青い、空の下を。







――――――――気分は、上々だった。






+++







―――――拝啓。三木 ほづみさま。




君の声は、ずっと聞こえていたよ。




この、風が。

酸素が。

空の動きが。

世界が。




君の言葉を、伝えてくれるんだ。





でも。

僕はもう、君に何かしてあげることはできないから、








君が笑っているなら、

とても、嬉しい。








泣かないで。

どうか、

ずっと、

一生、

笑っていて。





それが僕の、唯一の願いだから。















・・・・・・・・・・・・笑っていて。














――――サイボーグ石塚。

泣かしたりしてみろ。
根性でさっさと生まれ変わって、その顔に我慢していた一発をキメてやるから、

覚悟しとけよ。

















-Fin. -


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紅居 はな