2.9秒のキス 番外編〜VICTORIA!!〜


勝利の女神の名前は、ヴィクトリアと言うらしい。
あいつを見ていると、その名前がぽんと浮かんでくる俺はそろそろ末期か?

でも、勝利の女神があいつに微笑むというよりは・・・むしろ。





+++++


「ちょぉっとーやっぱあの噂ホントみたいよ!」
ひとりの少女の言葉に、周りにいた女子達が振り向いた。

「なになに?!やっぱり!?」
「ほづみ・・・先こされるとは思わなかったわ」

一気に教室の中が、女子のはしゃぐ声で華やいだ。

「あれよね、サイボーグ石塚よね!」

一人がそう言うと、もう一人が両手をばたばたさせながら騒ぐ。
「そうそう!無表情で無感情で無愛想で!ほづみ食われちゃったりしないかしら!」

いやーっ!とまた別の少女が首を振る。

「それだけじゃないの。あの子、この学校の裏番も倒したらしいわよ!!」
「石塚くんって、目からビーム出すんでしょ?あたし知ってるよぉ!」

噂話は止まらない。
明らかにそれはないだろ、というものまでかまわず教室中にとびかった。

ふと、ひとりが首をかしげる。
「あれ?じゃあこないだまでほづみにつきまとってたあのイケメンは?」

そう言った少女のアタマがこづかれる。
「同一人物じゃない!よく見なさいよー!」
「甘いわね、フミは!」

一瞬沈黙がおりる。

その場に居た噂好きの少女たちは、はー、と大きくため息をついた。

「だまされたわ・・・・・・」
「好みだったのに・・・・・・」

「なぜすぐに彼を石塚敬一と見抜けなかったか。それはずばり、笑顔よっ!」

うんうん、と全員がうなづいた。

女子達がきゃあきゃあと騒いでいる中、教室のドアが開く。


理香だった。


「あっ!理香ー!」
「やっぱあの話本当だったんじゃない!」



理香はその集団にちらりと視線を投げかけて、すぐに戻した。
明らかに態度がおかしい。

「・・・・・・り、りか?あ、そうだ、今日は理香早いね。ほ、ほづみと一緒にきたの?」

おそるおそる問われて、たっぷり30秒は間をあけて理香は答える。


「ほ づ み は ま だ よ」


トーンが違う。



うっ、と教室中の空気が凍りついた。
もう2月にさしかかろうという時期だったが、
それ以上に寒い空気だった。



「おっはよーさん!」

能天気な声が頭上から降る。

「お?なんか辛気臭い顔してんなぁ!あの日か!?」



そのヘラヘラ顔は、理香に近づいてその頭をばしっとたたく。
関西仕込みのいい音がして、理香の頭はがくっと下がった。


「ひっ!」

こいつはこの空気に気がついていない。


周りが固まった。




理香はばっと顔をあげ、ぐるりと180度回転するやいなや華麗なる右ストレートを、


どすっ!

「ぐはっ!!」

ぶちこんだ。


「な、なんやねん!」



理香はさらりと和泉を無視し、ぎりっとするほど歯をくいしばり、
周りをぎろりと睨み付けて、






叫んだ。





「なんで私が新春スポーツ大会の10kmマラソン出場選手になってんのよ―――――!!!!」





つまりは、そういうことらしい。






+++++

いつも遅刻ぎりぎりの理香がめずらしく始業20分も前に教室に入った理由というのは、
いまどき小学校でもやるかやらないかという寒い時期のスポーツ大会にあった。

基本的にほづみ達の学校のスポーツ大会では球技ばかりなのだが、
体育会系の校長の意向で、ボールがさっぱり関係ない10kmマラソンがこの大会の目玉になっている。


が、


生徒達にとってはいい迷惑で、
誰もやりたがらないというのが実のところ。

LHRの時間ぐっすり寝ていた理香にお鉢が回ってきたのだ。




「そりゃ寝てた私の自業自得よねそれはわかってるの、
 でもあんたらあたしの長距離のタイム知ってんのすごいわよ泣きたくなるわよかわいそうになるわよ―――!」



3000mのタイムで24分だ。



胸ぐらをつかまれた実行委員の仁藤が苦しげにうめく。

「も、森本運動神経いいじゃないか」

「長距離は別よ―――――――――!!」

半泣きになってるあたり、あながち冗談でもないらしい。


ばぁん、と理香に床に叩きつけられた紙を和泉が拾い上げる。


「・・・・・・スポーツテスト成績・・・?上体起こしA、反復横とびA、シャトルランA、握力A、長座体前屈A、ハンド
ボール投げA・・・・・・・・・・・・持久走E?」

「わかるでしょ!だから取り下げてよー!これ探すのに8時間かかったんだから!」

執念である。

「でもっ、もう決まっちゃって・・・・・・」


仁藤の頭ががくがくがくがく揺さぶられる。

和泉はその紙を置いて、ふう、とため息をついた。
こういうときの理香の対処法を実は知っている。
やりたがらないことをこいつにさせるときの秘密の呪文だ。



思いっきりバカにした口調で、和泉は言った。


「お前、そんなこともできへんの?」


びし。
理香の動きが一瞬にして止まった。



ゆっ・・・くり首を和泉の方に向け、言い放つ。


「できるわよ!!!」
「おはよー」


理香の怒声と共に教室のドアががらりと開いた。


ほづみはきょとんとした顔で教室を見渡す。


理香が大暴れしたあとのそれは、大惨状だった。





++++++++++


結局マラソン選手の変更はきかなくて、
昼休みになっても理香からは低気圧が去らなかった。

むぐむぐとお弁当を無言で食べる理香。

前に机をくっつけて食べているほづみはおそるおそる顔をのぞく。

「なんでおこしてくれなかったのよー」
恨めしげな声。

「起こしたわよ、あんた起きなかったんだからね!」
憮然とほづみが答える。
「長距離なんて・・・長距離なんて・・・」
くっ、と理香が歯を食いしばる。


そばにいる女生徒たちが、この重苦しい教室の空気をなんとか取り去ろうと、
ふたりに話しかけてきた。

「ね、ねぇ!ほづみって1年の石塚くんとつきあってるんだよね!知らなかったー!」
「ん、イヨ・・・え?!え、えぇ、まぁ・・・ね」
「わかんなかったよー、ほづみ、いつもどおり昼休みも理香と一緒にご飯食べてたし」



だがこの一言がいけなかった。



ぴく、と理香の肩が動く。

「そ、それは!いまさら変えるのもおかしいでしょ??帰り道は理香と違うから石塚くんと帰ってるし」

もーイヨったら情報遅いなー。

ほづみの冗談が寒く響く。







「石塚くんと食べたら・・・いいじゃない」
「え?なに言ってんのよ理香。だからいまさらそんなのおかしいじゃない」

「気をつかわなくてもいいわよっ!!」



ばんっ。



理香が机に箸を握った手をたたきつけた。

妙に静かな教室にその音がよく響いた。



ほづみの額に血管が浮く。


「〜〜〜〜〜勝手にしなさいよっ!!」



弁当をさっさと片付けてほづみはそれを持ち、教室を出る。


「ほ、ほづみ、どこ行くの」
「屋上よ!」


がらぴっしゃん!


イヨは顔面蒼白で、
隣の女生徒があーあ、とつぶやいた。


理香は箸を取り直し、もくもくと無言で食べ始める。

こころなしかさっきよりずっと情けない顔をしていた。


「お前・・・どうしてん??ありゃ言いすぎやろー!」

和泉がほづみがさっきまで座っていた椅子を音を立ててひき、座る。
「あんたには・・・関係ないじゃない」

ぐっとつまる。
実のところ、和泉にだってわからないのだ。
こんなに明らかにめんどうくさい事態になんで足をつっこもうとしているのか。


「んなこと知るかい!お前ちょっと今日変やぞ!」


理香がかっとなって箸を持っているほうの手をふりあげた。

和泉はくる、と思い身構える。

が。


3秒後の理香は再びごはんを口に運んでいた。

「・・・森本?」

いぶかしげに和泉が構えた手をおろし、理香の顔を覗き込む。

「・・・・・・おべんとう」
「は?」
「中学にあがったとき。あんたも知ってる通り大人しくて自分で友達も作れない私は、
 中学で自分改革を完成させようと思ったわ。でも・・・こわかったのよ」

ぶつぶつと独り言をいうように理香はひとりごちる。

「昼休み、だれかをお弁当に誘おうと思っても、緊張してがっちがちだったのよ。
 そんとき、前の席にいたほづみが一緒にたべようって・・・言ってくれた」

和泉が息をのんだ。

「うれしかった。それからずっと一緒に・・・お弁当食べた。

 ほんとは怖かったのよ。ほづみがいつか私から離れてしまうのが・・・」


「・・・・・・お前・・・」

「なんで私、こんなこと話してんだろ。いまのなしね!」
理香がたははと笑った。

和泉は、胃のあたりがむかついて、いつのまにか、

「お前ほんまアホやな!」



と、叫んでいた。




「なんだってぇぇぇー!?」
「なんだとコラ!!」

がたーん、と大きな椅子の音をたてて、
恒例行事がはじまった。


+++++

「また森本と瀬尾がやってるぞ」
「あきずに毎日よくケンカできるなー」

通りかかった男子生徒の声に、ほづみは怒らせていた肩を静め、
くるっと教室に帰ろうとした。

「・・・・・・。」

でも、とまった。


「りかのばか」


―――気を使ってなんかなかったのに。


「・・・・・・ほづみさん?」

ぎくり。


ほづみはそぉっと振り替える。
弁当を持った敬一だった。



「敬一くん・・・どうしたの?」
「いや、屋上でメシ食おうと・・・よ」

よ?


「よ、よかったら・・・い・・・」

敬一の顔が赤くなる。

「「一緒に食べない?」か?」


敬一は照れすぎて下を向き、ほづみはくすくす笑った。



+++++


「球技大会、何に出るの?」
「ドッジボール」

敬一の顔はなんだか嬉しそうだ。
―――ドッジボール好きなのかしら。

「見に行くね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」

照れている。
こういうところがたまらないのだ。


「元気・・・ないよな。なんかあったのか」

敬一が話を変えるようにつぶやいた。
箸を止める。

「なんでわかるの」
「そりゃ・・・う・・・」

ほづみが敬一の顔を伺うと、また固まっていた。

「なーんーでーわーかーるーのー?」

ちょっと意地悪な気分で敬一の顔を覗き込む。

「うっ、だから・・・その・・・俺は」


にやーっと、ほづみが笑う。





(・・・くそ、)

「すきだからだ」




ほづみは豆鉄砲をくらった鳩のような顔をした。
とたんに真っ赤になる。


「かなわないなぁ・・・もう」


そして、さっきの一件のことをぽつりぽつりと話し出した。


「理香・・・私のこと邪魔なのかな。うっとおしいって思ったのかな」

まさかそんなことはないだろうと思うが、
一方でいやもしかしたら、という不安がつのる。


「そんなこと・・・ないだろ」

敬一は卵焼きを口に運びながら言った。

「俺・・・森本先輩がうらやましい」
「なんで?」
「相思相愛すぎて・・・俺の入る隙間もない」

ほづみの顔がぼっと赤くなり、
敬一はふっと笑った。


「大丈夫」


あぁ、なんでこのひとはこうなんだろう。
ほづみは敬一の笑みに犯罪的なものを感じながら、せっせとから揚げを口に運んだ。






+++++




双方はぁはぁと荒い息をついている。

「な、なんだって昔っからいつもいつもいつもいつもあんたはそうなのよー!!」
「それはっ!!!」

和泉は言葉につまった。


「俺が昔言った約束。ほづみちゃんとの昔の話みたいに・・・覚えてないからやないか・・・・・・」


自分自身の言葉にはっとする。
頭の中になかった言葉がでてきた。

まぎれもなく深層心理だ。


和泉は真っ赤になって両手で口を押さえた。


「・・・瀬尾?なにそれ・・・」

あっけにとられて理香が聞く。

「なんでもない!・・・言い過ぎたわ。すまんな」

和泉はそのままきびすを返す。



ちょうどそのとき、教室のドアがあき、ほづみが入ってくる。
ほづみがなにか言おうと口を開こうとしたが、言葉がでてこなかった。

理香は気まずそうに横を向く。


なんだかはじめてのケンカに、ほづみも理香も途方にくれていた。







++++++++++



マラソンの練習がはじまった。

ほづみはバレーボール、

和泉は野球。

理香はバスケットボールとマラソン、とふたつ出場するが、
とりあえずマラソンの方にいた。

バラバラの位置に居る3人は、素直になれないまま気まずい日をすごしていた。



理香は走る。

真夏日じゃないだけまだマシだが、
わき腹が痛み、肺がうまく酸素を供給してくれない。


苦しくなり、ペースも少し鈍くなっていた。

気分もよろしくない。


ほづみとは気まずくて、弁当の席も離れてしまった。


(ほづみは・・・きっと石塚と一緒に食べてるほうが楽しいんだわ)

そりゃ好きな人だもんね。当然だよね。



理香はいつもどおり和泉にちゃちゃを入れられながら食べていたが、
なんだがそのちょっかいもぎこちなくて、

それが和泉なりの気遣いだとわかってからはたまらなく恥ずかしくなった。


(まったく・・・なにを、考えて、る、のかしら)


息苦しくて思考も絶え絶えだ。



「!!森本!よけろ!!!」

理香の中で絶賛不審中の和泉の声が聴こえて、
なにかとそっちを見ると、すでにボールが目の前に迫っていた。















ああさよならみなさん、もりもとりかは、このよにみれんがたらたらです。












そんな馬鹿なことを考えながら、理香は意識を失った。















+++++






『・・・もひとり・・・・・・になったら、俺がおまえを・・・


・・・・・・ってやるよ』



・・・なにそれ。
勝手すぎよ。

あいつ、身勝手なところは相変わらずだわ。



『・・・もと。森本』


・・・るっさいわねー、わかったわよ。
悔しいからがんばったって言ったじゃない、
別にあの約束守ろうと思ってがんばってるわけじゃないんだからね。








「・・・・・・りもと!もりもと!!」


がばっと身を起こすと、和泉がぼろぼろ泣いて理香の身体を揺すっていた。


「っがー!なにすんのよ痛いわね!」

「森本ー!悪かった!痛かったやろ!?」


理香はきょとんとした。

「わざとちゃうねんで・・・堪忍な」

記憶がうっすら蘇る。
和泉の打ったホームランボールが、それはもう奇跡的なタイミングと角度で理香に向かって飛んでいき、
体力と判断力の鈍った理香の頭に直撃したのだ。

走るのも忘れて一塁ベースで和泉は走る方向をかっきりと変え、
すごい形相をして走り近づいてきたところで理香は気絶した。

そしてここは保健室のベッド。




「そ、そんな謝られたら怒りにくいじゃないバカ。私の行き所のない怒りはどこに行くのよ」
「すまん・・・ほんまなんともないか?」

和泉が涙も拭わず理香の顔を覗き込んだ。

「!!」

理香は0.3秒で和泉の額を押し戻した。

ぎゃーこいつ女の子より綺麗な肌してるわ!
なんかやたら彫り深いし私の好きなあの俳優に似てるわ誰だっけ、

いやそうじゃなくてもうなにこいつなにこいつ!!!



「・・・ずっと悩んでたんやろ?」
「べっ、べつに自分の顔にコンプレックスなんかないわよ!」
「は?」

がばっと理香は口の上まで布団をかぶりなおす。


「そうじゃなくて・・・あ」

ぱちん。

音のした方を見ると、和泉が両手を叩いていた。

「なに?」
「蚊ぁや」

「ふーん・・・」
「お前、まだ蚊もひとりで殺されへんのか?」

見ると和泉はいつものニヤニヤ笑いだ。

「ばーか。できるわよ。ゴキブリだって目じゃないわ、まかせて」
「へぇ・・・成長したもんやな」
「あんたのせいでね」

ん?

理香の動きが止まる。

「なんだって私、こんながんばったんだっけ・・・」
「俺にボロクソ言われて悔しかったからやろ?」

そう言ってたやないけ、と半ばふてくされたような和泉の声を聴きながら理香は思う。

違うような気がする。

「〜〜なんだってあんたは昔っから私のことあんなにボロクソに言ったのよ。世間じゃありゃイジメって言うのよ!」
「あ、いやそれは・・・」

「何」

吐きなさいよー吐きなさいよーカツ丼食わせるわよ。

和泉は理香の猛プッシュに負け、口を開いた。


「はじめは・・・クラスでお前が一番よう泣いてたからや」
「なんですってぇ」
「ガキのころやったからやって!ガキ大将はどこでもそんなもんや!悪かった!
 そんで・・・でもな、一回お前、クラスで一番仲良かったこれまたおとなしい女の子と一緒に帰ってるとき・・・

 でっかい犬がな、おって。
 お前らすくんどって。
 あんまり情けない顔しとるもんやから、助けたろかって思ったんや。

 そしたらお前が、友達かばってその犬に向かって走っていくやんか。
 蚊も殺されへんかったお前が」

「そんなこと・・・あったっけ」

うなづいて続ける。

「そんときからお前の見方変わった。ずっと見てた。
 算数のテストで40点とった次のテストじゃ90点とって。
 俺悔しかってんで、そのテスト89点やったから」

そうしてあはは、と笑う。
理香はなんともいえない不思議な気分でそんな話をする和泉を見ていた。

「俺がにんじん食われへんなんてアホやって言ったら悔しそうな顔して食ったんが楽しかった。


 逆上がりできへんなんてドンくさいって言ったら放課後練習してたやろ。






 そんなお前見るのが・・・楽しかったんや」


「・・・・・・」

「ごめんな」




理香はなんだか頭が回らなかった。
口が勝手に、いや、べつに、と答えていた。

「お前小学校時からなんでもひとりでがんばって。

 そんな全部ひとりで気張るな。・・・寂しいやないか」



「・・・なんで寂しいのよ」


訊いちゃだめだと脳が危険信号を発している。
でも聞かずにはいられなかった。

和泉の眉根が寄る。
数秒思案していたかと思うと、
座っていた丸い椅子をくるりと回して後ろを向いた。

耳の後ろが赤い。









「おまえがすきやからや」





耳を疑った。
「え、なに・・・」
「2回も言わせよって。阿呆」

そのまま立ち上がる。

がらぴっしゃん、と派手な音を立てて、一度も振り返らずに和泉は出て行った。

















「に・・・2回・・・?」

心臓がどくどく言っている。
指のさき、いや、全身の毛の先まで電気が走った感覚がした。

ボールの当たった側頭部がずきずきする。

起き上がる気が起きず、ごろごろしているうちに、理香は知らず知らず眠りについた。






+++++

夢を見た。

引越しトラックに、小さい黒い頭が乗り込もうとするのを見て、
理香は必死に走った。



『せ、せおっ』

その黒い頭は一瞬止まり、
戻って理香の方を向いた。

色は違えど意志の強そうな眉、
活発そうな瞳が理香を捉えた。

『なんだよ』
『・・・・・・』

理香の足が止まる。
はぁはぁと荒い息が止まらない。

『まただんまりかよ』
『・・・・・・』

『・・・・・・』
『・・・・・・』

『ま、・・・悪かったよ。いろいろ。文句あるなら今のうち言っとけよ』
『そんなじゃない』
『・・・・・・じゃなんだよ』


『ず、ずるい。あたし、まけてばっか。あんたがずっとここにいるならいつかあんたのこと追い抜けるのに』


和泉がちょっと苦しそうな顔をした。

『ずるい。ずるいずるいずるい。かちにげなんてずるい』
『文句じゃねぇか』
『ちがうもん』



下を向いた。
涙がでてきた。

悔しいから見せたくなかったけど、
絶対気付いてる。




『ちがうもん・・・・・・』
『・・・・・・また泣く・・・』



やっぱり言われた、と思ったけど、
その言葉の響きはいつもより優しかった。




『な』
『・・・・・・』



『おれいつか帰ってくるよ、そんときお前が泣かないでなんでもできるようになってたら、
 おれ、お前のことヨメにもらってやるよ』

ものすごい早口だった。
ばっと理香が顔をあげると、
和泉はもうトラックに乗り込んでいた。




おっ、



『おぼえてろばかやろう―――――――!!!』














やくそくだぞ!



と、小さく遠く響く和泉の声を聞きながら、理香は叫んでいた。




+++++
下校チャイムで全身がびくっとなった。

理香の目がばっと開いた。

「おぼえてなかったのは・・・私か・・・」


つぶやいて、理香は枕に顔を埋めた。


今の表情は、誰にも見られることはないと分かっていたけれど、
理香はどうしても隠さずにはいられなかった。


+++++


文化祭当日まで、結局ほづみと理香、和泉の微妙な空気は変わらなかった。

と、言うのも、理香があまり教室にいるところが見られなかったからだ。
授業には出ているのだが、気付くといつもいなかった。



はやく仲直りがしたいほづみなどずっとやきもきして、
たまには家でペットのイチのヒゲや頬肉をぐいーっとひっぱったりして危うく嫌われそうになった。



和泉は早くも後悔し始めている。
「あんなん言わんかったらよかった・・・」

こっちに戻ってきたときに理香のあんまりな態度に腹が立って、
女の子をはべらせてみたり親友らしきほづみの後をがんがんつきまとってみたりした過去の行動を振り返ると、
どう見ても自分は嫌われている。




「言わんかったらよかったー!!」

噂好きのクラスメートの女の子は早くも次の噂に飛びついて、
もうあまり付きまとってくる子はいない。

やはり告白もされることはされるが、
丁重にお断りした。
慣れているのでお手のものだ。

自分の感情に名前をつけるのが恐ろしかった。
ほんとうは昔から、たったひとりの女の子しか好きになれなかった。

認めたくなかった。
認めてしまった。

赤いハチマキを頭に回しながら重苦しいため息をつく。




『10kmマラソンに出場する人ー、ゲート前に集合してくださーい。・・・10kmマラソン・・・
 あーもうはやくしろよ、おせー!』

伊藤のアナウンスが流れる。


「・・・・・・あかんやん先生・・・」
「ちょっと瀬尾」

呼ばれた方を反射的に振り向いた。
今一番聞きたくない声だった。

「がっ、もりもと。げ、ゲート前いかんと伊藤怖いぞ」
「あんたね」

まったく和泉の言葉を聴いてない。
ちょっと悲しくなった。




「ちょっとあんたね、見てなさいよ。マラソン」
「は?」




「私にできないことなんてなんっにもないわよ!

 見てなさいよ!マラソン!そこのあのテープ、私が最初に切ったら!!」





まくし立てるように言う理香の言葉をわけも分からず聞く。





「きったら!!!!・・・・・・私、あの約束。守らせてあげても、いいわよ」








「な、やくそ・・・おい!」

言うなり理香はくるりと後ろを振り返り、ゲートに向かって走っていった。





 





ピストル音がぱぁんと軽い、乾いた音をたてた。


ツインテールがなびき、
持ち前の瞬発力を生かして横の十数人より一歩先にでる。




校外のコースに出て、理香の姿は見えなくなった。




10分、20分、呆然としながら、和泉はずっとトラックを見つめていた。




その間別の球技が行われた。

そのときのドッヂボールに石塚が出ていて微妙に楽しそうな顔をしていたような気がする。





球技が終わり、アナウンスが流れる。

『まもなく場内にマラソンの首位選手が戻ってきます!!』




ばっとグラウンドの入り口を見る。




理香ではなかった。


別の少女だ。

少し緊張が心臓を支配するが、どこかで森本は来る、と思っていた。





『境選手に続いて森本選手が入ってきました!』

目を見張った。

理香が苦しそうな顔をしながら、前の選手にぴったりくっついて入ってくる。


思わずゴールの近くに人を押しのけて走る。


「森本・・・!」



抜きつ抜かれつ、最後の直線コースに入る。












「あ゛――――――っ!!!」


苦しさのあまりに頭がぷっつり切れたのか、
理香は叫ぶ。

その雄たけびで、特にマラソンを見てなかった生徒も、先生もみんなが、

そのゴール付近を見た。













みんなが見ている中、

森本理香はゴールテープを切った。













係りの下級生が困りますと言うのを明るく無視して、理香がその白いゴールテープを奪い取り、
ぶんぶんと高く振り回し、よっしゃ―――!と叫ぶ。




さっきまでの苦しげな表情はどこに行ったのか。













呆気にとられる観衆を掻き分け、ゴールの一番近くのスペースに出てきた和泉を認めると、







理香はにかっと笑いVサインを出して、「イエー!未来の旦那が決まったぜ!」と言った。




それを見て、和泉が仕切りをまたいでトラック内に入り、全速力で走ってくる。













そしてそのお転婆な勝利の女神をきつく抱きしめた。

















「・・・泣いてんの?」

「うっさい」

「あんたの方が泣き虫じゃない。ばーかかーば」

「うっさい、お前また一人でがんばりやがって」

「性分ですのでー」

「・・・お前には負けたわ」




理香はにしゃーっと笑い、代償はチョップ一発で許してやることにした。










+++++
お昼にはほづみが理香に駆け寄り、

「おっ、お弁当食べよう!」


とあんまり必死な形相で言うものだから、理香は笑ってしまった。


「食べよ!」


と言って自分のお弁当を突き出すと、ほづみがへにょ、と顔を緩ませ、地面にぺたんと座り込んでしまった。


つきあってしゃがむ理香と顔を合わせて、

どちらからとともなく「ごめん」と言い合って、笑った。



ほづみが敬一を引っ張ってきて、
ほづみの気合の入った大量の弁当を4人で囲む。


「ずるいわよねー」

と何回も繰り返すほづみを見て、和泉は本当に申し訳なさそうな顔をする。




「私のときはさー私たくさん話したのに、脅されもしたのに、理香のときはいつのまにかこういうことになっちゃってさー」

やさぐれている。

「そ、そうなのか・・・!?」

敬一がぎくりとする。


「私も理香に恋愛相談されたかったのになー」

「だぁってしょうがないじゃない、
ねーほづみ保健室で私瀬尾に告られちゃったんだけどどーしよーなんて言ってみなさいよ、
あんたすーぐ顔に出るんだから絶対瀬尾見るたびに顔ひきつらせるでしょ、
そうなったらイヨたちがまーたややこしい噂立ててどうしようもなくなるわよ!」

「なるほどね。でも、あれじゃーもう取り返しつかないわよ」



周りの視線が痛い。

渦中のカップル2組が頭をつき合わせているのだ。
それはどうしようもない。



「俺・・・明日学校休もうかな・・・」
「休もかな明日・・・」


セリフがかぶって和泉と敬一が顔を見合わせる。

「あ、こないだ・・・すんません、なぐって・・・」
「いや、こっちも悪かったから・・・」



ほづみと理香はそれを見て馬鹿笑いした。


「「へーんな感じ!!」」







笑い声が再び起こり、空気中ではじけるように明るく響いた。


























+++++






やれやれ。やっとまとまったか。
これで僕もゆっくり冬ごもりができるわけだ。なんちゃって。



しばらく君たちのバカくさいどっかの青春ドラマみたいな日常を見れなくなるのは寂しいけど、



まぁそのうちこの世界に戻るよ。






森本さんの子どもに産まれて、ほづみの若いツバメの座を狙うっていうのもアリかもしれないね。








冗談だよ。








じゃあこの辺で物語は終わり。
ハッピー・エンドってことで!







どこかにありそうな青春物語の締めくくりは、
またまたどこかにありそうな言葉でまとめてみようか。











またね。









でも、これって結構大事な言葉だと思うよ。僕は。







-Fin. -


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紅居 はな